司法試験で深く考える方法:論証集、事案処理方法、法学理解

最近、ユーチューバーのベテランちさんの動画を見ていたのですが、「思考の広さ、早さ、深さ、高さ」という非常に興味深い内容を話されておりました。

「真・勉強のコツ その① 広さ・深さ・速さ・高さ」

詳細は動画をご覧いただくとして、「深さ」「高さ」について、司法試験受験勉強論との関係で掘り下げてみたいと思います。

◆「深さ」について

◎ベテランちさんのいう「深さ」

これは、要は、答えに至るまでの思考の段階のことだと理解しています。

たとえば、数学の問題は解法や考え方の組み合わせなわけですが、ある問題を間違えたとき、分からなかったときは、途中までの解き方はあっていたけど、その先の解き方を知らなかった思いつかなかったからという場合があるわけです。

すなわち、深く考えるというのは、抽象的なものでも、才能でもなく、先の段階の考え方を知っているかどうか、ということで、訓練すれば誰にでも可能なわけです(といっても、訓練すれば誰でも理科3類に受かるレベルで数学の問題が解けるようになるかというとそうではないわけです。限界はあります。ポイントは、深さを獲得する合理的方法があるということです)。

◎司法試験において

司法試験の試行段階は大きく分けて三つあります。
(1)論証、(2)事案処理方法、(3)法学理解
の三つです。順番に説明します。

∇(1)論証

≫論証とは

論証というのは、ある論点に対する判例・学説を簡潔にまとめたものです。司法試験は論点を聞いてきますから、論証をそのまま書くだけで一定の点数を獲得できます。いわゆる、論点貼り付け、吐き出しというやつですね。

≫論証知識だけでは不十分な場合

しかし、論証を上手く使えなかったり、張り間違え・貼り忘れてしまうことがあります。たとえば、表現の自由の重要性を示す「自己実現・自己統治」の論証ですが、たんにこれを書くことは試験委員が蛇蝎のごとく嫌う書き方です。

ほかには、民法で、「占有は相続されるか」という論点を書き忘れたり、無権代理人の相続で地位融合説と地位併存説の論点を書き忘れていきなり信義則を書いたりする場合等です。

これらの原因は、(2)事案処理方法という(1)論証より深い段階の法学的解法・考え方を分かっていないことにあります。

∇(2)事案処理方法

≫事案処理方法とは

事案処理方法というのは、法律の問題を解くにあたっての考え方の枠組みであり、基本となるものです。論証等はこの枠組みの中で用いられるわけです。

典型例は、憲法の三段階審査や、民法の請求権パターン・要件事実です。

いや、知ってるよという方がほとんどだと思いますが、使いこなすためには、枠組みだけでなく、実際に使うときに何を考える必要があるかまで知っておく必要があります。

≫具体例――自己統治・自己実現論証と三段階審査

たとえば、三段階審査において、自己実現・自己統治論証は、審査密度の検討部分(実質的に違憲審査基準論)で論じます。しかし、その際、本件で問題になっている具体的自由が、どういうふうに自己実現・自己統治という21条の趣旨に合致するのかという話をしなければなりません。政治ビラをまく自由なら、政治的事項に関する表現は、「まさに」自己統治に資するものであるし、同時に自己実現にも資するので、21条の趣旨に強く合致することから、政治ビラをまく自由は重要な権利と主張できるのです。

≫具体例――無権代理の相続の論点と要件事実

ほかに民法の要件事実にも使い方のコツがあります。要件事実は、主張反論の最小限単位を書くわけですが、それは、「意味のある」主張反論の最小限単位です。要件について述べていてもそのまとまりが意味がないと主張反論として成立しません。

たとえば、本人Aの不動産を無権代理人Bが相手方Cに対して売却するする契約したのち、Bが死亡した場合を考えましょう。代理の要件事実は、代理行為、顕名、代理権授与ですね。でも、そもそも代理権授与がありません。代理行為、顕名だけでは意味がありません。そこで、追認の要素も言わなければなりません。追認があればともかく、ない場合は、「当然に追認した」といえれば、意味のあるまとまりになりますよね。これが融合説です。ここから、融合せずに併存しており、当然に追認したとは言えない、「追認拒絶が信義則に反する」場合にだけ追認したとしよう、というのが併存説です。

要は、論証は空中にあるわけではなく、要件事実のなかで出てくるものなので、要件事実に関連付けないと正確な理解・使い方ができません。論点というのは要件の解釈対立であるから当たり前ですね。これが刑法だと要件整理が単純なので分かりやすいのですが、民事はこの要件が少々複雑(代理権授与の代わりに追認があれば良いとかで流動する)なので、忘れてしまいがちです。だからこそ、要件事実論に沿って論証を整理することが必要なのです。

≫応用問題・現場思考型の問題

いわゆる応用問題や、現場思考型の問題というのは、この事案処理方法を使って、典型例と少しズレた問題、初めて見る問題を解いてみるというものです。そこまで深い理解を必要とされているわけでもなく、知っておかないと解けないわけではありません。事案処理方法に沿って考えるトレーニングを積めば良いのです。

≫事案処理方法の形式的理解だけでは不十分な場合

事案処理方法さえ知っておけば、かなりの範囲の問題を解けるわけですが、形式的理解にとどまっていては、事案処理方法の適用の仕方を間違えることがあります。もしくは、事案処理方法の形式的理解では解けない難問があります。司法試験・予備試験にはこの難問がいくつか出題されます。

たとえば、民事の現場思考型の問題で、法律論はそこそこに規範をたてて、あてはめで処理する答案があります。現場思考型の問題は自分でオリジナルの規範を立てて三段論法を行なうというのが事案処理方法で、形式的に見ると合っているのですが、法律論を分厚く書かないと点数が伸びません。

ほかには、憲法で、三段階審査の枠組みはできているのに、事実を羅列しているに過ぎず、点数が伸びない答案があります。

こういった事態を回避するためには、事案処理方法の形式的理解・適用からさらに深く考える必要があります。それは法学の最も基底的な考え方を理解するということが必要です。

∇法学理解

法学の最も基底的な理解とは、利益衡量であるとか、個別事案を個別事案として処理するのではなく、広く一般的に適用できる判断基準をしっかりと立てた後に、それを適用するというもの等です。

≫利益衡量

たとえば、令和5年予備試験の憲法を考えてみましょう。A企業が外国で環境破壊的な工事をしていたところ、記者Bが同社の従業員Cを脅して当該工事の情報を得て記事にした場合、記者Bは取材源であるCの存在を秘匿するため、証言拒絶できるかと言う問題です。このとき、利益衡量的に考えたら、ぶつかっているのは、社内秘を外部に漏らした従業員を知るという企業統治の利益と、大きな社会問題を報道する自由(利益)です。これを理解すれば、取材源秘匿の権利の重要性を厚く書けますし(社会問題を論じるというのは「まさに」自己統治に資します)、当てはめの際も、確かにしかしで列挙する事項が整理されます。確かに「企業統治の利益」、しかし「社会問題を報道する自由」という感じです(逆でもOK)。

このように何と何がぶつかっているかという利益衡量的考え方を理解しているなら、議論に筋が通り、雑多な事実関係も上手く主張反論で構成できるわけです。

≫三段論法

次に、民事で法律論が薄すぎるのは何故ダメかについて。法は、判断者の恣意を抑制することに本質があります。たとえば、似ている事例なのに、裁判官毎に異なる判断が出てはいけないのです。

そのため、公平かつ説得力のある規範を立てて、それに従って判断するという過程を経る必要があるわけです。「信義則」は、公平かつ説得力のある規範とはいえません。公平かつ説得力があるかどうかは法の趣旨に則っているかによるところが大きいです。ただ、この趣旨は形式的に定められているのではなく、立法過程、学説、事案を類型化した際の対立利益(抵当権と第三者のぶつかりとか)等の諸要素をもって議論されます。必然、分厚くなります。判例・学説というのはこの部分に決着を付けているわけですね。

「規範を覚えろ」とは言われますが「事案を覚えろ」とはあまり言われないと思います。これもそれだけ規範を立てるまでが重視されている表れなわけです。

刑事は規範がほぼ固まっているので問題には出てきませんが、民事は現場思考で説得力のある論述をもって規範を立てることが求められる訳です。

民法の話で言うと、絶対効・相対効、物権行為・債権行為もかなり基底的な思考方法ですね。これを理解していないと事案処理方法や論証を上手く使うことができず、問題を解けないことがあります。

≫法学理解の位置付け

ほかにも法学理解の基底的内容はありますが、とりあえず上記の例示に留めます。法学の三つの深さについて、法学理解まで深められれば、問題を解くにあたって書くべきことを「外す」ということはあまりなくなると思います。

また、法学理解という角度があれば、基本書をより一層有意義に読むことができます。法学に沿って論理的に整理する方法や、事実の構成の仕方の具体例を読み取れる。潮見民法が「意味のある」主張反論を構成するために強度に論理的に整理していることとか、高橋刑法が行為規範・結果規範で事実を構成しているとかです。

∇問題と格闘する

3つの深さについて説明してきましたが、注意点としては、これは覚えるものではないといことです。この思考枠組みはありつつ、問題を解いたり、考えたりする必要があります。要は事案と格闘する必要があるわけですね。

これはベテランちさんいうところの一次情報・二次情報の話に近いかなと(元は、宋世羅さんのチャンネルでの内容らしく、また、ビジネス書にも類似の記載があるそうです)。知識として知っているのは二次情報、実際に経験して得たものが一次情報という分類ですが、知っているだけではだめで、実際にやってみないとだめなわけです。知ってても上手く解けないということがありますが、まさにこの話です。

3つの深さ、私は特に事案処理方法が中心だと思いますが、事案処理方法をもって事案と格闘してください。

◆「高さ」について

次に思考の高さについても説明します。

◎ベテランちさんのいう高さ

これは他分野も知って全体を俯瞰することができるかということです。一分野・一範囲だけ詳しくてもそれを捉え直したり、相対化したりすることができないわけです。

◎司法試験において

∇1科目内

これは司法試験では、まずもって体系理解でしょう。体系理解というのは、まずは全体の整理、次にそれぞれの繋がりを考えることです。

司法試験の勉強内容は、法学概念、条文、要件、論点、判例、学説等多岐に渡ります。一つの科目の中でも、たとえば民法なら、総則、所有権、用益物権、担保物権、債権総則、契約、事務管理、不当利得、不法行為、親族、相続と多様な項目があります。これら全体を整理し、繋がりを考える必要があります。

だいたいの法学徒は、基本書や条文の目次を眺めることから始めるわけです。そうすると民法はパンデクテンになっているなぁとかが分かるわけですね。

さらにその先としてはたとえば、物権と債権を比較すると、絶対効と相対効がどっちが原則でどっちが例外なのかの違いに気付きます。というか、債権にも相対効、要は対抗要件の検討が必ず必要なんだなと気付きます。

さらにその先に、民法は法律行為の学問であり、債権行為と物権行為という分類を徹底しているのだな分かります。物権変動の根本的論点は、無意味なように感じるかも知れませんが、この分類から生じざるを得ない論点な訳です。

こういった整理は、知識を覚えやすく、出しやすくなったり、事案整理のスピードを上げてくれたりします。こういう受験的メリットもあるわけです。

∇複数科目横断的に

科目内だけでなく、他科目との比較も理解に資します。

これは民事実務・刑事実務科目ですが、両科目で事実認定の講義内容がなぜズレるか分かりますでしょうか。同じ事実認定にもかかわらず、民事では4類型、刑事では間接事実からの推認と証言の信用性検討といった枠組みで学びます。これは、民事が法律行為という観念的なものを立証するのに対し、刑事は犯罪行為という具体的事実を立証するのが主要な内容になるからです。法律行為というのは、基本的に契約ですが、これは意思表示の合致です。意思表示の合致は目に見えません。立証対象は意思自体という観念的なものです。それを立証するために契約書が存在するわけです(厳密に言うと、よって説なので少々不正確ですが、まぁ許してください)。

民法の法律行為論を意識すると、商法によって、有効無効を検討しているのは法律行為で(株式発行は株式という一種の債権を発生させる法律行為)、瑕疵の検討はその法律行為にいたるまでの手続が適正に行なわれているか等を考えていることになります。

以上のように一科目内でも複数科目内でも「高く」考えることで、理解が進むわけです。


◆補足:実務に出たときの「思考の深さ・高さ」

以上のとおり、司法試験においても「思考の深さ・高さ」があり、それぞれ受験勉強する際に役立つと思います。

そして、この「思考の深さ・高さ」というのは、実務に出ても役立つ考え方だと思います。

∇実務において受験勉強で鍛えた深い思考を発揮する

私は、一般に受験勉強は、受験勉強で定められた範囲以外の「新しいこと」に取り組む・チャレンジするに当たっての思考の軸を作ってくれるものだと考えています。

司法試験だってそうです。実務に出て大いに役立ちます。この事件を要件事実的に整理するとどうなるか、どこまで言わないとダメか、物件的請求か債権的請求か、これを考えていないと民事の書面をきちんと書けません(私は最初の転貸借の立退事例で裁判官にこの部分を指摘されるという大恥をかきました笑)。債務不履行系の問題でどういう債務・義務があったかを具体的に論じるのは事案処理方法のイロハですが、労働系でよく問題になる安全配慮義務を論じるに当たっても必要になります。

司法試験で培った思考枠組みに基づいて書くというのは最低限必要なことです。試験以外の実際の実務に取り組むにあたって、思考の軸になるわけです。

∇実務における思考の高さ

さらに、法律実務では「思考の高さ」も重要になってきます。取り扱う社会事象について深く知っているかということです。

たとえば市民法の分野について。法学は本質的には利益衡量なので、単純化してしまうし、権力構造的なものについて考えるには、法学を概念操作しても答えは出てこない。たとえば、なぜDVが生じるのか、労働者が低賃金になるのはなぜか等の社会分析がいります。これを摂取して判決や法制がつくられているわけです。当然、よい主張をするためには、その社会事象する必要が出てきます。

企業法務の分野についても、そもそもこの契約は請負的なのか、準委任的なのか、どういう程度に至れば仕事が完成したと一般に言うのか等。依頼者から一通りのことを聞いても「よく分からん」となりがちです。これは経験や、読書によって補う必要があるでしょう(と書きつつ、これだとただの売掛債権回収で、どちらかというと一般民事に近いですね。企業ガバナンスとか、金商法、知財等、マジの企業法務は門外漢なので詳しくは書けません。ただ、深い理解は必要であると推察されます)。

∇社会を深く分析する

さらに、社会を「深く」分析するという段階に進むこともあるでしょう。深く考えるに当たっては、考え方を摂取することが前提です。私は、哲学も含めた人文社会科学領域が考え方を摂取するのがこれにあたると思っています。実務家でもこれを摂取する意味あると思っています。

◆おわりに

以上、縷々、ベテランちさんのいう「思考の深さ・高さ」に沿って論じてみました。美しい整理だったので、インスピレーションを受けていろいろ書いてみた次第です。まぁ、受験生はyoutubeやXを見るより勉強してほしいですが笑、ぜひ元動画をご覧になってください。面白いですよ。

このブログの人気の投稿

短答で足切りされてしまった人へ

今年の司法試験に落ちてしまった人へ

予備校論証集の使い方